レア度が高いお金編 第7弾 1円玉の前は紙幣だった 一円札   

1円玉

消費税が導入されている現在、5円玉と同様に使用頻度が高いのが1円玉です。

細かい支払いのとき1円玉は活躍します。

皆さんは、1円玉どんなときに使いますか?

多く流通している1円玉、昔は紙幣だったのをご存知ですか?

また、現在でも過去に発行された1円札は全て使うことができ、中には100年以上前に発行された1円札もあります。

今日は歴史ある一円札について見ていきましょう。

※注‥一部の項目では、「札」ではなく「券」と記述していますが、意味は同じです。

引用・出典:独立行政法人 国立印刷局HP

過去記事はこちらから

→第1弾 二千円札

→第2弾 五百円札

→第3弾 百円札

→第4弾 五拾円札

→第5弾 拾円札

→第6弾 五円札

一円札は4種類存在 発行された全ての1円札が現在でも有効

日本には4種類の一円札が存在します。

第二次世界大戦直後までに発行された紙幣の多くが失効していますが、一円札だけ発行された全てが現在も使えます。

終戦直後に行われた新円切替の際は、対象外とされました。

ただ、現在は1円玉が多く使用されているため市中で見かけることはありません。

オークションやフリマアプリなどで見かけることができ、中には数万円の値がつく一円札もあります。

旧一円券(旧壹圓券) 大黒像 1885年(明治18年)9月8日発行

引用:https://www.npb.go.jp/index.html

1885年(明治18年)9月8日に、「日本銀行兌換銀券」として発行されたのが旧一円券です。

表面に大黒天が描かれていることから「大黒札」とも呼ばれています。

表面の色は薄い青色となっており、これは写真複製技術では再現困難な印刷です。

「日本銀行総裁之章」と「文書局長」の印章が表面に、「金庫局長」の印章が裏面に入っています。

現在法律上有効な紙幣のうち、現行の「総裁之印」の印章が印刷されていない唯一の紙幣です。

記番号は漢数字となっています。(記番号の範囲は「第壹號」〜「第五貳號(第五弐号)」)

透かしは「日本銀行券」の文字と丁字型です。

現在法律上有効な現金通貨(紙幣・硬貨)のうち、最も古いものとなっています。

新円切替の対象外だったので、額面である1円の価値が保証されています。

事実上流通はしていませんが、オークションやフリマアプリなどでは、数千円〜数万円で取引されてます。

改造一円券(改造壹圓券) 武内宿禰 1889年(明治22年)5月1日発行

引用:https://www.npb.go.jp/index.html

旧一円券は食害にあったり、技術的欠陥が明らかになるなどの問題がありました。

そこで旧一円券が改良され登場したのが、改造一円券です。

偽造防止対策として精巧な人物肖像を印刷することになりました。

表面の肖像には武内宿禰が描かれました。日本語と英語の兌換文言が表面と裏面に描かれています。

現行紙幣にある、「発券局長」の印章が印刷されていません。(旧一円券と改造一円券のみ)

当初の記番号は漢数字でしたが、1916年(大正5年)8月15日からアラビア数字に変更されました。

記番号の表記変更とともに、肖像の修正が行われています。

黒透かしが採用されており、「銀貨壹圓」の文字と桐の図柄が確認できます。

1889年(明治22年)に登場してから1943年(昭和18年)の「い一円券」登場まで、50年以上にわたって製造が続けられました。

新円切替の対象外であったため、法的に有効で額面の1円が保証されています。

記番号が漢数字の紙幣には数千円〜数万円の値がつくことがあります。

い一円券(い壹圓券) 武内宿禰 1943年(昭和18年)12月15日発行

引用:https://www.npb.go.jp/index.html

1943年(昭和18年)に登場したのが、い一円券です。

戦時中であったため改造一円券より大幅に小型化し、図案も簡素化されました。

表面の肖像は八稜鏡の輪郭に囲まれた武内宿禰です。

印刷工程の簡略化のため「総裁之印」・「発券局長」の両方が表面に印刷されています。

裏面中央には宇治神社の拝殿が八稜鏡の輪郭の中に描かれました。

アラビア数字の額面記載はあるものの、これまで裏面に印刷されていた英語表記は削除され、英語表記がまったくない一円札となっています。

また、多くの紙幣では記号と通し番号がそれぞれ2ヶ所に印字されていますが、い一円券ではそれぞれ1ヶ所しか印字されていません。

発行当時の透かしは桐の図柄と「壹圓」の文字です。

1944年(昭和19年)11月からは通し番号が省略され記号(組番号)のみの表記になりました。

1945年(昭和20年)頃からは透かしが白透かしに簡素化されます。

他の一円札と同様に新円切替の対象外だったので、額面の1円の価値が保証されています。

A一円券(A壹圓券) 二宮尊徳 1946年(昭和21年)3月19日発行

引用:https://www.npb.go.jp/index.html

終戦直後の1946年(昭和21年)に誕生したのがA一円券です。

新円切替の新紙幣発行に伴い、改刷されました。

当初の図案は武内宿禰でしたが、軍国主義のシンボルであり新紙幣の人物肖像として不適切であるとGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に指摘され、変更を指示されます。

表面の肖像を二宮尊徳に差し替え、GHQの承認を得ました。

肖像の他、表面には多くの食料が描かれており、当時の食糧難の状況が反映されています。

裏面は彩紋と唐草模様のみで単色刷りの簡易な図柄です。

記番号は紙幣右上の1ヶ所にしか印刷されておらず、通し番号はないため記号のみの表記となっています。

透かしは他のA号券(A拾円券など)と同様に入っていません。

また、緊急かつ大量に新紙幣が必要となったことから、一部は民間製紙会社においても製造されています。

簡素な仕様のため精巧な偽造券が発生する可能性を考え、1949年(昭和24年)頃から両面とも凸版印刷に変更されました。

1955年(昭和30年)6月に一円硬貨が発行され、1956年(昭和31年)にA一円券の製造が終了します。

現在発行されていない旧紙幣の中で、現存数が非常に多いため、オークションやフリマアプリなどで100枚帯封や1000枚帯封で見かけることができます。

1円硬貨の登場 紙幣から硬貨へ

1円硬貨
1円硬貨

1948年(昭和23年)10月に一円硬貨(一円黄銅貨)が登場しました。

しかし、A一円券の製造は続けられました。

1948年(昭和23年)に登場した一円硬貨が、1953年(昭和28年)の年末に小額通貨整理法により通用停止となります。

そのため、有効な1円の法定通貨が再びA一円券のみになりました。

1955年(昭和30年)6月に一円硬貨(一円アルミニウム貨)が発行後、1956年(昭和31年)にA一円券の製造が終了します。

その後、他の紙幣と同様に硬貨が流通していきました。

現在では、一円玉が多く使われているため、一円札は流通していません。

まとめ

今日は日本の一円札について紹介しました。

100年以上も前に発行された一円札が、今も使えるのすごいですね。

100年前はまだスマホがありません。そんな時代から存在している紙幣が今使えるのは、なにか神秘的なものを感じます。

時代の変化とともに、お金も姿を変えています。

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