1940年(昭和15年)日本で初めて開催される予定だった幻の東京オリンピックとは?

新国立競技場 空撮

こんにちは。

今日は、1940年に開催予定だった「幻の東京オリンピック」について書いていこうと思います。

2021年(令和3年)には東京で2回目のオリンピックが開催され、コロナの影響もありましたが無事終えることができました。

コロナで中止説も囁かれた2021年の東京オリンピックですが、約80年前開催予定だった東京オリンピックがあるのをご存知でしょうか?

当時の日本の状況から開催されませんでしたが、「日本にオリンピックが来る」ということで日本国内は盛り上がりました。

「幻の東京オリンピック」について見ていきましょう。

オリンピックが初めてアジアに来る!

1936年(昭和11年)、世界が緊張に包まれる中、1940年のオリンピック開催地が決まりました。

開催地の名前は大日本帝国・東京。アジアの国が開催地として選ばれたのは初めてのことでした。

引用:https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202105/0014325780.shtml

オリンピック開催地に東京が選ばれるまで

第一次世界大戦に勝利し、「五大国」の仲間入りした日本は、1929年(昭和4年)からオリンピック誘致の機運が高まっていました。

1932年(昭和7年)、日本代表はIOC会長に対し正式な正式招待状を提出し立候補。ここから「幻の東京オリンピック」は始まりました。

立候補した東京はローマ(イタリア)、ヘルシンキ(フィンランド)とともに最後まで残り、争うことになりました。

東京開催には様々な障害(欧州から遠い、高温多雨など)がありましたが、副島道正IOC委員、嘉納治五郎氏の尽力により東京開催が決定。

都市1回目
東京日本36
ヘルシンキフィンランド27
1940年夏季オリンピック開催地投票

正式に東京府東京市(現:東京都23区)で第12回オリンピックの開催が決まりました。

進む準備、盛り上がる日本国内

アジア初、有色人種国家として初のオリンピック招致成功に日本国内は大いに盛り上がりました。

「第十二回オリンピック東京大会組織委員会」が成立し、会場の建設、会場周辺の準備が進みました。

このとき、東京や横浜の道路建設、都市美観工事が行われ急速に都市として発展してます。

東京と名古屋・大阪を結びテレビ中継をする計画も進められました。

開催決定から開催中止へ

1930年代後半の日本は混沌としていました。長引く日中戦争、不況、欧米諸国との関係悪化など日本国内には淀んだ空気が流れていました。

当時の日本の状況

1929年(昭和4年)に起きた世界恐慌影響を日本も受け、日本経済は不況の状態でした。

1931年(昭和6年)、満州事変が勃発。侵略戦争とみなされ、国際社会から厳しい目を向けられました。

1937年(昭和12年)には日中戦争が勃発。中華民国からは開催国変更の申し出があったり、長引く日中戦争による国内資材の不足など1940年の東京オリンピック開催に暗雲が立ち込めてしまいます。

開催権返上

杉山元・陸軍大臣は議会においてオリンピックの開催中止を進言、河野一郎議員は開催中止を求める質問を行うなど、国内はオリンピック開催に消極的になっていました。

そして内閣総理大臣の近衛文麿氏は、1937年6月23日に行われた閣議で戦争遂行以外の各資材の使用を制限する需要計画を決定。

この計画の中にオリンピック中止が明記されており、事実上オリンピックの開催権返上が内定しました。

1937年7月15日、閣議で正式に開催権を返上した。代わりにヘルシンキでの開催が決定しましたが、こちらも第二次世界大戦が勃発したため開催できませんでした。

万博・冬季五輪も開催が決定していた?

1940年の「幻の東京オリンピック」は2021年東京オリンピック開催の際、複数のメディアで取り上げられていました。

しかし、「東京万博」、「札幌冬季オリンピック」全く取り上げられていませんでした。この2つの国際的イベントも実は日本での開催が決定していたのです。

引用:https://tanken.com/exposition.html

1940東京オリンピックと同時開催予定だった「幻の東京万博」

日本初の万博は1970年(昭和45年)の大阪万博ですが、その30年前に計画されていた万博が「東京万博」です。

皇紀2600年を迎える1940年に開催を計画。

現在の晴海や東雲の一部、台場公園、横浜市の山下公園が会場予定地になりました。

開催期間は170日間で一大イベントになる予定でしたが、日中戦争の長期化や軍部の反対、参加国の減少が確実になり1938年に開催の延期が決定。

実質的な中止となってしまいました。

こちらもアジア初開催予定「幻の札幌オリンピック」

引用:https://www.city.sapporo.jp/kobunshokan/sapporowoshiru/olympic.html

なんと夏季オリンピックと同じ年に、冬季オリンピックの開催も決定していました。

開催されれば日本初・アジア初の冬季オリンピックでした。

当時のオリンピック憲章では、夏季オリンピック開催国に冬季オリンピック開催地の優先権がありました。

札幌の他、日光や霧ヶ峰、志賀高原が候補に上がりましたが、1936年札幌が第一候補に決定。

1938年のIOC総会において、札幌での開催が正式決定しました。

しかし、東京オリンピックと同様に国の内外から開催反対の意見が相次ぎ、1938年7月15日の閣議で返上を正式決定しました。

代替開催も計画されましたが、第二次世界大戦の勃発により開催されませんでした。

まとめ

今回は幻の「東京オリンピック」についてまとめました。

他にも万博や冬季オリンピックの開催が予定されていたので、皇紀2600年(1940年)がどれだけ重要な年だったかわかりますね。

日本初のオリンピックは1964年に無事開催されます。幻の「東京オリンピック」から24年後のことでした。

こう見ると、戦争というものがオリンピックに大きな影響を与えていることがわかります。

当時、オリンピック出場を目指していた選手たちはどんな気持ちだったのでしょうか。

今後、このように中止になってしまうオリンピックがないようにしてほしいです。

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